株損益概算(前日比)
持ち株無し中。
株式相場
明日も上がってくれれば、ちょっと潮目が変わるかもというところ。
雑談
新聞を読んでいて、ある編集委員のコラムが刺さった。
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孤独の果てを見る気がする。
無関係の他人を巻き込み、自らの命を絶とうとする惨事が相次いでいるこの世界に。
いずれの事件にも共通するのは、容疑者が周到な準備を重ねていたことだ。
その数日間のどこかで、あるいは現場に向かう道のどこかで、思い詰めてはちきれそうな彼らの心をノックし、ああ、なんてばかばかしいことをしようとしていたんだ、と我に返らせてくれる「偶然」との出会いがなかったことに、とても暗い気持ちになる。
コロナの来襲を受け、人間たちが出した対抗策は、あらゆる偶然の排除だった。
2年もの間、偶然がもたらす豊かな出会いや連なりは「不要不急」「自己責任」などという体温のない無機質な言葉によってないがしろにされてきた。
そして、私たちはその状態にずいぶん慣れてしまった。
酒場を訪れる目的は、酒だけではない。
同じ場所を選んで集う人々のたわいもない会話、彼らの振る舞いなどが、自分自身の嗜好や傾向を確かめる鏡になる。
略
偶然の反対は必然ではなく、管理なのかもしれない。
どんな戦争も、市井の人々の、偶然に満たされた多様な日常を犠牲にするところから始まる。
思うままにならぬ国民を、ウイルス対策という大義名分で従わせる策に気付いてしまった為政者たちが、今後、権力の使い方を見誤ることはないか。
私たちの方にも、「あきらめ」という精神の防御作用がはたらきはじめていないか。
私たちが警戒しなければならないのは、もはやコロナだけではないはずだ。
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偶然の排除・・。
偶然がもたらす豊かな出会いや連なり・・。
偶然を排除しすぎたことによって、孤独を生み出し、その結果大惨事へと。
全ては偶然からもたらされるのに。
もちろん大事な人との出会いだって。
今そばにいる、妻だったり、彼女だったり、友人だったりも。
それほど重要な偶然を強制的に排除してしまうなんて。
偶然の反対は必然ではなく、管理・・。
ウイルス対策という大義名分で従わせる策に気付いてしまった為政者(いせいしゃ)たち・・。
確かに。
警戒しなければならないのはコロナだけじゃない。
いや、というよりもむしろ、こちらの方をより警戒しないといけないのかもしれない。