
株損益概算(前日比)
マクドナルドは+3万。
オリエンタルランドは大きく変わらず。
アルペンは+4.1万。
グッドコムアセットは+1.6万。
丸千代山岡家は+1.5万。
雑談
こんな投稿を見かけて。
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コスパやタイパという考え方は、つまるところ「今の自分」を温存したまま、できるだけ多くを回収しようとする態度である。
傷つかず、迷わず、損をせず、なるべく効率よく成果だけを手に入れたい。
だが、最初から回収を想定して何かをやる態度は、人間のサイズをこじんまりとさせていく。
得をするかどうかばかり考える人間は、変化することを避けている。
自分を守りながら利益だけを欲しがる人生には、飛躍がない。
本当におもしろい人生とは、最大限の得をする人生ではない。
自分が別の何かへ変わってしまうかもしれない時間を、引き受ける人生である。
何が返ってくるか分からない。
返ってくるものが今の自分には理解できないかもしれない。
それでもなお賭けるところに、創造性は生まれる。
人間の大きさとは、得を取りこぼさない能力ではない。
損得の計算では測れないものに、自分を差し出せる余白の大きさである。
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なるほどなー、確かにそうよなー。
まあ、若いときはなかなかこんな風には思えないものだけども。
何の計画も無しに、街を適当にぶらぶら歩いてみたりとか、一人で飲みに行ってみたりとかが意外と大事だったりするんだろうね。
これ、なんか他に気づきがありそうなので調べてみたら、良さげな回答が。
↓
> 「自分が別の何かへ変わってしまうかもしれない時間を、引き受ける人生である。」
これは、人間の成長をよく表していると思います。
留学、恋愛、起業、芸術、研究、子育て──どれも始める前には「元が取れる保証」はありません。
むしろ、時間もお金も失う可能性の方が高いことすらあります。
それでも飛び込んだからこそ、自分の価値観や人格が変わる。
そういう経験は、効率では測れません。
一方で、「コスパ・タイパ」という考え方そのものを否定すると、少し極端になるとも感じます。
例えば、
* 家事を効率化する
* 通勤時間を短縮する
* 単純作業を自動化する
こうしたコスパ・タイパは、「人生を小さくする」ためではなく、「本当に大切なことに時間を使うため」の手段にもなります。
つまり問題なのは、
> **効率を目的にしてしまうこと**
なのではないでしょうか。
本来、効率は何かを豊かにするための道具です。
しかし、それ自体が人生の価値基準になると、
* 損をしないこと
* 失敗しないこと
* 元を取ること
ばかり考えるようになり、未知の世界へ踏み出せなくなる。
この文章が批判しているのは、おそらくそこです。
最後の一文も印象的です。
> 「損得の計算では測れないものに、自分を差し出せる余白の大きさである。」
余白とは、予定が空いていることだけではなく、
* 失敗する余裕
* 理解できないものを受け入れる余裕
* すぐに意味が分からない経験を抱え続ける余裕
でもある。
現代はレビューを読んでから映画を観き、AIに要約してもらい、本も「外れ」を引きたくない時代です。
それ自体は便利ですが、「何が得られるか分からないもの」に触れる機会は確実に減っています。
だから、この文章は「非効率を礼賛している」のではなく、
> **人生には、回収不能な投資が必要だ。**
と言っているのだと。
実際、人を大きく変える経験は、始める時点ではたいてい「コスパが悪い」ように見えます。
読書でも、旅でも、人との出会いでも、挑戦でも、「何を得るか」より「どんな自分になるか」のほうが本質なのかもしれません。
効率は人生を整える力になりますが、人を変える力になるのは、しばしば効率の外側にある経験なのだと思います。
