アラフィフサラリーマンの優美なる株投資ブログ

株(優待)×パチンコ(エヴァ)×B級グルメ(ラーメン・カレー)×女性(エロ)

 
 

推しのライブのために有給を取る、好きなキャラクターの設定資料を真剣に読む、ゲームの中の街を何時間も歩き回る、行ったこともない国の地図を眺めて空想する、みたいな「狂気」って超大事

 

 

株損益概算(前日比)

マクドナルドは−10.5万。

 

オリエンタルランドは大きく変わらず。

 

アルペンは−1.2万。

 

グッドコムアセットは+1.3万。

  

雑談 

こんな投稿を見かけて。

 

いやー、これは久々にけっこうガツンと心に響いたな。

 

前に、別の投稿者も「狂気」の大事さを書いてたんだけど、やっぱこういうの必要なんだろうね。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

狂気を一つ抱えて生きる、という大人の作法。

 

年齢を重ねるほど、人の魅力に差が広がっていく。

 

仕事も家庭もちゃんとしているのに、表情がどこか薄くなっていく人がいる。

 

変な情熱を抱えていて、年を取るほど面白くなっていく人もいる。

 

差を作っているのは、強さでも才能でもない。

 

生活の中に、合理では説明できない情熱が組み込まれているかどうかだ。

 

合理だけで埋まった生活では、すべての時間に意味と効率が問われ、無駄や脱線が許されない。一見、立派に見える。

 

長く保っている人を観察すると、生活の中に妙な時間がねじ込まれている。

 

推しのライブのために有給を取る、好きなキャラクターの設定資料を真剣に読む、ゲームの中の街を何時間も歩き回る、行ったこともない国の地図を眺めて空想する。

 

外から見ると、無駄、子供っぽい、ちょっと狂っている。本人にとっては、それこそが生活の核にある。

 

そういう情熱を抱えている人は、表情が違う。

 

目の中に光がある。

 

話していると、こちらまで元気になる。

 

仕事のアイデアすら、案外こういう合理の外側の時間から降りてくる。

 

狂気は弱さではない。

 

生活に色を与え、人を魅力的にする栄養素である。

 

合理だけで動いている人は、自覚なき栄養失調を起こしている。

 

本人が察知しにくい種類の不調だから、なお始末が悪い。

 

非現実の窓を閉じた人ほど、現実の重力が二倍三倍になっていく。

 

逃げ場のない状態で現実を見続けると、感受性は確実に摩耗する。

 

知的に勤勉な人ほど「遊び心は時間の無駄」と切り捨てて、先に乾いていく。

 

長く保っている人は、合理の外側にこっそり逃げ道を持っている。毎日少しだけ、その窓から息を吸っている。無駄とされる時間を、生活のインフラとして、人生の彩りとして使っている。長く保っている人は、現実の隙間に非現実を埋め込んでいる。

 

合理だけで生きる大人より、ちょっと狂っているくらいの大人の方が、ずっとチャーミングだ。