
株損益概算(前日比)
マクドナルドは−10.5万。
オリエンタルランドは大きく変わらず。
アルペンは−1.2万。
グッドコムアセットは+1.3万。
雑談
こんな投稿を見かけて。
いやー、これは久々にけっこうガツンと心に響いたな。
前に、別の投稿者も「狂気」の大事さを書いてたんだけど、やっぱこういうの必要なんだろうね。
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狂気を一つ抱えて生きる、という大人の作法。
年齢を重ねるほど、人の魅力に差が広がっていく。
仕事も家庭もちゃんとしているのに、表情がどこか薄くなっていく人がいる。
変な情熱を抱えていて、年を取るほど面白くなっていく人もいる。
差を作っているのは、強さでも才能でもない。
生活の中に、合理では説明できない情熱が組み込まれているかどうかだ。
合理だけで埋まった生活では、すべての時間に意味と効率が問われ、無駄や脱線が許されない。一見、立派に見える。
長く保っている人を観察すると、生活の中に妙な時間がねじ込まれている。
推しのライブのために有給を取る、好きなキャラクターの設定資料を真剣に読む、ゲームの中の街を何時間も歩き回る、行ったこともない国の地図を眺めて空想する。
外から見ると、無駄、子供っぽい、ちょっと狂っている。本人にとっては、それこそが生活の核にある。
そういう情熱を抱えている人は、表情が違う。
目の中に光がある。
話していると、こちらまで元気になる。
仕事のアイデアすら、案外こういう合理の外側の時間から降りてくる。
狂気は弱さではない。
生活に色を与え、人を魅力的にする栄養素である。
合理だけで動いている人は、自覚なき栄養失調を起こしている。
本人が察知しにくい種類の不調だから、なお始末が悪い。
非現実の窓を閉じた人ほど、現実の重力が二倍三倍になっていく。
逃げ場のない状態で現実を見続けると、感受性は確実に摩耗する。
知的に勤勉な人ほど「遊び心は時間の無駄」と切り捨てて、先に乾いていく。
長く保っている人は、合理の外側にこっそり逃げ道を持っている。毎日少しだけ、その窓から息を吸っている。無駄とされる時間を、生活のインフラとして、人生の彩りとして使っている。長く保っている人は、現実の隙間に非現実を埋め込んでいる。
合理だけで生きる大人より、ちょっと狂っているくらいの大人の方が、ずっとチャーミングだ。
