アラフィフサラリーマンの優美なる株投資ブログ

株(優待)×パチンコ(エヴァ)×B級グルメ(ラーメン・カレー)

 
 

人生それなりに合格ラインで生きているもののなんとなく虚しい だけども実はそんな空虚感を持てることが幸せだったりする

 

 

株損益概算(前日比)

マクドナルドは−5万。

 

オリエンタルランドは大きく変わらず。

 

アルペンも大きく変わらず。

 

グッドコムアセットは+1万。

  

雑談 

こんな投稿を見かけて。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

人生、それなりにきちんと合格ラインで生きているものの、なんとなく虚しい。

 

その虚しさこそが、自己探求の道に入っていくための動機となり、道を照らす焔(炎)になる。

 

空虚感を持つことができる人こそ幸せだ。

 

せっかくの空虚感を、安易な充実感で埋め合わせようとするのは、いかにももったいない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あー、人生、それなりにきちんと合格ラインで生きているものの、なんとなく虚しいって、うん、あるな。

 

大学入れた、結婚できた、子供もできた、仕事もある、小金もある、そこそこ健康、だけど、何だかいつも空虚感がと・・・。

 

でも、そんな虚しさ、空虚感って、実は決して悪いものじゃなくて、むしろ幸せなんだよと。

 

これ、他に何か気づきありそうなので、調べてみたら、あー、確かにと。

 

 

私たちは往々にして、空虚感や虚しさを「無くすべき悪いもの」と捉えがちです。

 

だからこそ、忙しさや趣味、あるいは手軽な快楽などの「安易な充実感」でその隙間を埋めようとしてしまいます。

 

しかし、それでは根本的な解決にはならず、一時的な麻酔にしかなりません。

 

この言葉が示しているのは、その虚しさから逃げずに、むしろ「自分自身の内面を深く見つめるためのエネルギー(焔)」として歓迎しようという、非常に高次元な生き方の提案です。

 

1. 合格ラインにいるからこそ見える景色

 

人生の合格ライン(仕事、生活、人間関係などがそれなりに安定している状態)に達していない時は、日々の生存や基盤作りに必死で、虚しさを感じる余裕すらありません。

つまり、「なんとなく虚しい」と感じられるのは、ある意味で人生の基礎的な課題をクリアした証拠であり、次のステージ(精神的な充足や、本当の意味での自己実現)へ進む準備ができたというサインだと言えます。

 

 

2. 「安易な充実感」の罠

 

世の中には、手軽に充実感を与えてくれるエンタメや消費活動があふれています。それらは一時的に心を埋めてくれますが、刺激に慣れるとさらに強い刺激が必要になり、結果としてより大きな打撃や虚しさを連れてくることがあります。

せっかくの乾き(空虚感)を、ただの炭酸水でごまかしてしまうのはもったいない、という比喩は非常に的を射ています。

 

 

3. 空虚感は「本当の自分」への羅針盤

 

虚しさの本質は、「今の生き方や価値観は、本当に自分が望んでいるものとはズレているかもしれない」という、内なる声です。

この声を無視せず、「では、自分にとって本当に意味のある生き方とは何か?」と問い続けること(自己探求)こそが、人生をより深く、色鮮やかなものに変えていくキッカケになります。

 

 

空虚感を「病気」ではなく、「才能」や「ギフト」として捉え直すことができれば、日々の退屈な景色が、自分を探求するためのエキサイティングな舞台に変わるのではないでしょうか。