アラフィフサラリーマンの優美なる株投資ブログ

株(優待)×パチンコ(エヴァ)×B級グルメ(ラーメン・カレー)

 
 

冗談でぎゅうーっと 一度だけ抱きしめてキスをくれた なんていじわる 彼のにおい残った

 

 

株損益概算(前日比)

マクドナルドは−14.5万。

 

オリエンタルランドは大きく変わらず。

 

アルペンは+2.6万。

 

グッドコムアセットも大きく変わらず。

  

雑談 

いやー、この前、車乗ってたらラジオからすんごい懐かしい曲流れてきてさー。

 

ジュディマリの「ジーザスジーザス」よ。

 

やっぱね、この歌詞好きだわー。

 


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設定と心情分析をまとめてもらったら、こんな感じなんだけど、ホントたまらんね。

 

 

 1. 歌詞の「設定」:残酷なまでの距離感

 

登場人物

* 主人公(アタシ):彼にずっと片思いをしている女の子。

* 彼(あなた):主人公の友人。主人公の気持ちに気づいていない(あるいは気づかない振りをしている)。

* 彼女:彼が新しく好きになった(もしくは付き合い始めた)女性。

 

時系列と状況

* 始まりは去年の冬:主人公がマフラーを巻いて彼を待っていた寒い季節、顔を上げた瞬間に恋に落ちました。

* 現在(あるいは転換点)は8月:彼が「ノースリーブから出た白い腕」の、まるで舞い降りた天使のような女の子(彼女)を初めて見た夏。

 

2人の現在の関係

主人公と彼は「何でも話せる男友達と女友達」という、恋をする上で最も厄介で残酷なポジションに収まっています。彼は主人公を信頼しきっており、あろうことか「新しい恋の相談」や「秘密」を打ち明けてくるという、主人公にとっては拷問のような設定です。

 

 

2. 心情分析:ポップに隠された「エゴ」と「執着」

 

YUKIさんの書く歌詞の真骨頂は、一見可愛らしいポップソングの中に、女の子の本音、エゴ、そして少しの狂気を潜ませるところにあります。

 

「友達」という免罪符が生む歪なスキンシップ

 

冗談でぎゅうーっと 一度だけ抱きしめてキスをくれた なんていじわる 彼のにおい 残った

 

彼はあくまで「仲の良い友達とのノリ」や「気まぐれ」で、主人公を抱きしめてキスをしてきました。彼にとっては深い意味のない(あるいはずるい)行動ですが、主人公にとっては「いつかは…なぁーんて夢のまた夢」と分かっていても、彼の匂いが残るほど心に深く刻まれてしまう出来事です。

 

「髪を伸ばす理由」にみる健気さと呪い

 

伸ばした長い髪の理由は 彼にさわられたかったダケなんて

伸ばした長い髪は いつまでたっても 切れないまんまだわ

 

彼に触れてほしくて伸ばし始めた髪。恋が叶わない、あるいは彼に別の好きな人ができたと分かった後でも、主人公はその髪を切ることができません。これは単に未練があるというだけでなく、彼への想いが身体の一部として縛り付いてしまっているような、執着の苦しさを表しています。

 

最大の核心:「アタシにもっと傷ついて困ってよ」

 

言わなくっちゃホントの気持ち

「アタシにもっと傷ついて困ってよ」

やさしくしないで もォ やだっ!

 

このフレーズこそ、この曲の心情のハイライトです。

 

普通、好きな人には「笑っていてほしい」「幸せになってほしい」と思うものですが、主人公のリアルな本音は違います。

 

「私を振るなら、もっと罪悪感を持ってよ」

「あなたの優しい態度で、私がどれだけ傷ついているか知って、あなたも困ればいいのに」

 

ただの「いい子な女友達」で終わるのが耐えられず、彼の心に「傷」としてでもいいから、自分の存在を深く刻み込みたいという、痛烈なエゴと叫びがここに凝縮されています。

 

 

3. 「ジーザス!ジーザス!」というタイトルの意味

 

「ジーザス(神様)」という言葉が何度も叫ばれますが、これは神に祈りを捧げているわけではありません。

 

英語の「Jesus!」が持つ「なんてこった!」「あぁ、もう最悪!」という、お手上げ状態のニュアンスそのものです。

 

* 友達なのに、新しい好きな人の相談をしてくる彼。

* なのに、思わせぶりに抱きしめてキスをしてくる彼。

* 嫌いになれたら楽なのに、どうしても嫌いになれない自分。

 

この、どうしようもない恋愛の泥沼(でも表面上は楽しく友達をやっている状況)に対して、「あぁ神様、なんてこった!」と頭を抱えている独り言のようなものです。

 

 

4. 結末:――オハナシハツヅク―― の意味

 

曲の締めくくりは、こう結ばれます。

 

その後のこと? 神様も知らない

 

この恋が最終的に玉砕するのか、それとも大逆転があるのかは、タイトルで何度も呼んだ「神様」すらも分からない。そして最後は「――オハナシハツヅク――」で終わります。

 

これはハッピーエンドへの希望というよりも、「今日も明日も、私は切ない片思いを抱えたまま、彼の『いい友達』としての日常を続けていく」という、終わりのないループ(現在進行形の苦しみ)を意味しているように思えます。