
株損益概算(前日比)
マクドナルドは−2.5万。
オリエンタルランドは大きく変わらず。
アルペンは−3.6万。
グッドコムアセットは−2万。
雑談
こんな投稿を見かけて。
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予習せずに旅行するという、最高の贅沢があると思っています。
調べれば何でも出てくる時代に知らないまま行ってみてください。
そうすると、旅先で起きることに心から驚くことができます。
入った店が当たりだったり、道を間違えた先がよかったり、何も知らないからこそ、その土地を身体全体で味わうことができます。
予習した旅行は答え合わせのような物です。
せっかく遠くまで行くなら、知らないまま受け取る贅沢を無駄にはしたくないです。
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いやー、なるほどな。
確かにそうかもな。
答え合わせばっかじゃ、つまらなすぎよな。
これ、なんか他に気づきがありそうなので調べてみたら、なかなかな回答が。
↓
今は何でも事前最適化できる時代です。
レビューを見て、混雑を避けて、ハズレを回避して、効率よく「正解」を回収する。
でも、その代わりに失ってるのが「偶然との接触」なんだと思います。
知らずに入った定食屋が異様にうまい。
雨で予定が崩れた結果、妙に記憶に残る路地に出会う。
電車を乗り間違えた先で、土地の匂いを感じる。
ああいうのって、「情報不足」が生んだ豊かさなんですよね。
予習済みの旅行は、確かに「確認作業」になりやすい。
「あ、これインスタで見たやつだ」「あ、この景色、動画通りだ」になる。
感動がゼロではないけど、“未知との衝突”ではなくなる。
一方、予習なしの旅は、自分の感覚が前面に出る。
店を選ぶのも、道を曲がるのも、空気で決める。
つまりアルゴリズムではなく、自分の身体で旅することになる。
これ、実は人生全体にも近い気がします。
情報を集めすぎると、人は失敗を減らせる代わりに、驚きも減る。
でも記憶に残る出来事って、だいたい予測不能なんですよね。
「予定通り最高だった旅行」より、「なんか変だったけど忘れられない旅」の方が、後から人生に残ったりする。
もちろん、最低限の安全確認や現地文化への配慮は必要です。
でもそれ以上に全部を調べ尽くすと、“世界に触れる”というより、“情報の再生”になってしまう。
だから、知らないまま受け取る贅沢。
それは「不便を楽しむ」ではなく、「偶然に席を空けておく」ということなんでしょうね。
旅に限らず、遊びの本質って、たぶんそこにある気がします。
「コントロールし切らない」こと。
余白を残すこと。
