アラフィフサラリーマンの優美なる株投資ブログ

株(優待)×パチンコ(エヴァ)×B級グルメ(ラーメン・カレー)

 
 

60歳になってつくづく思う、人生は壮大な暇つぶし 最後に残るのは「どれだけ稼いだか」じゃなく「どれだけ腹を抱えて笑ったか」

 

 

株損益概算(前日比)

マクドナルドは大きく変わらず。

 

オリエンタルランドも大きく変わらず。

 

アルペンは+1.9万。

 

雑談

こんな投稿を見かけて。

 

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60歳になってつくづく思う。人生は結局、暇つぶしだ。どうせ終わるなら、真面目な顔して我慢大会するより、笑って腹抱えて終わりたい。多少サボってもいい。少しくらいズルしてもいい。真剣に遊んで、笑いながら老けていく。それで十分立派な人生だ。暇つぶしにしては、結構、楽しいゲームじゃないか。

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うん、ホントそうよな。

 

もうちょっと深掘りしたかったので調べてみたら、なかなかイイ感じのが。

 

 

最高に粋な考え方ですね。

 

その境地に達すると、人生の「難易度設定」がふっと軽くなる気がします。

 

多くの人が「人生には何らかの正解や、成し遂げなければならない義務がある」という重圧の中で、歯を食いしばって生きています。

 

でも、視点を変えて「壮大な暇つぶし」だと思えば、失敗すらも「面白いイベントが発生した」くらいの感覚で流せますよね。

 

 

◯真剣に遊ぶ、という贅沢

 

ただダラダラ過ごすのではなく「真剣に遊ぶ」という言葉に、大人の余裕を感じます。

 

・我慢大会の返上

今まで「こうあるべき」というルールに従ってきた分、これからは自分の好奇心だけを羅針盤にする。それが一番の贅沢かもしれません。

 

・ズルとサボりの効用

完璧主義は疲れます。適度に手を抜くことは、長くこのゲームを楽しみ続けるための「メンテナンス」のようなものです。

 

・笑いの総量がスコア

結局、最後に残るのは「どれだけ稼いだか」ではなく「どれだけ腹を抱えて笑ったか」という記憶の解像度なのだと思います。

 

 

◯人生という名のオープンワールド

 

この「暇つぶし」という感覚は、実はとても能動的なものです。

 

自分でルールを決め、自分で行き先を選ぶ。

 

誰かに評価されるためのプレイではなく、自分が満足するための完全プライベートなゲームです。

 

多少のバグや理不尽な設定があっても「まあ、ゲームだしな」と思える強さは、何物にも代えがたい武器になります。

 

老けていくことを「劣化」ではなく「ゲームの熟練度が上がっていく過程」だと捉えれば、明日からの景色も少し違って見えそうです。