
株損益概算(前日比)
マクドナルドは+2万。
オリエンタルランドは大きく変わらず。
アルペンは−3.5万。
雑談
こんな投稿を見かけて。
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「人類の罪の少なくとも半分は、退屈を恐れることに起因している。」
これは本当にそうだと思っていて、これからより社会の課題も少なくなり、AIによって人間がやるべきことが減っていく中で、「退屈をいかにうまく扱えるか」がすごく大切だと思う。
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なるほど、確かにそうかも。
退屈、暇とどう向き合っていくかがメチャクチャ大事になる。
これ、もうちょっと深掘りしてみたくて調べてみたら、なかなか良い答えが。
↓
バートランド・ラッセルの言葉ですね。
おっしゃる通り、これからの時代、私たちは「生存のための労働」から解放される一方で、「空白の時間という名の怪物」とどう向き合うかという、極めて贅沢で困難な課題を突きつけられることになります。
1. 「退屈」がなぜ「罪」を生むのか
人は退屈に耐えられなくなると、「刺激」を求めます。
・SNSでの炎上参加や攻撃的な書き込み
・不必要な争いやリスクの高いギャンブル
・過度な消費
これらはすべて、自分の中にある「空虚感」を埋めるための即効薬です。
AIが身の回りの世話を焼き、不自由がなくなればなくなるほど、人間は「自分が何者でもない時間」に耐えられなくなり、より過激な刺激を求めるリスクは確かに高まると言えます。
2. 「Doing(すること)」から「Being(あること)」への転換
これまでの社会は「何をしたか(業績や生産性)」で評価されてきました。
しかし、AIが「Doing」の大部分を肩代わりする未来では、「ただそこにいて、自分を律し、楽しみを見出す力(Being)」が生存戦略になります。
「退屈をうまく扱える」というのは、言い換えれば「外部からの刺激がなくても、内側から意味を生成できる力」ですよね。
3. 退屈は「創造のゆりかご」でもある
一方で、退屈を「悪」として排除しすぎるのも危ういかもしれません。
何もすることがない空白の時間があるからこそ、人は妄想し、新しい問いを立て、芸術や哲学を育んできました。
・悪い退屈: 焦燥感に駆られ、安易な刺激で埋めようとする状態
・良い退屈: 思考を深め、自分自身と対話するための静寂
この「良い退屈」を飼いならす技術こそ、これからの教育やリテラシーの核になるのではないでしょうか。
これからのAI社会は「便利になりきった先にある、自分自身の心の空白をどう愛せるか」という、極めて個人的で哲学的な戦いになりそうですね。
