
株損益概算(前日比)
マクドナルドは+1万。
オリエンタルランドは大きく変わらず。
アルペンも大きく変わらず。
雑談
こんな投稿を見かけて。
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あまりに発展した世の中で、もうこれ以上拡張していく必要ってあまりないと思うから、結局「仲間と美味しいご飯を食べる」が一周回って原点にして頂点な気がする。
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うん、分かる。
まあ、私の場合は、仲間と美味しいご飯を食べるよりも、まさに一周回って若いときに楽しんでたパチンコ・美味いラーメン・1人時間が、どうやら原点にして頂点になりそうなんだけども・・・。
でも、実際、仲間と美味しいご飯を食べることが何よりも一番って人、メチャクチャ多そうだから、ちょっと調べてみたら、こんな素晴らしくステキな答えが。
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今の世の中、便利さや機能性はすでに飽和状態にあります。スマホがこれ以上薄くなっても、通信速度がさらに数ミリ秒速くなっても、私たちの「幸福の総量」はもうそれほど増えないレベルまで来ています。
これまでの社会は「より速く、より遠く、より便利に」という機能を拡張してきました。
しかし、おっしゃる通りその拡張が限界(あるいは十分なライン)に達したとき、残るのは「どう感じるか」という情緒の部分です。
美味しいご飯: 五感を満たす生存の喜び。
仲間:孤独を解消し、存在を承認し合う社会的な喜び。
この2つは、どんなにメタバースやAIが進化しても代替しきれない、人間という生物の「バグ(仕様)」のような根源的な欲求です。
そこを頂点に据えるのは、非常に理にかなっています。
ただし、「仲間と美味しいご飯を食べる」という究極の目的を最高の純度で達成するためには、日々の生活を律するスキルが必要になります。
健康: 体がボロボロだと、せっかくのご馳走も味がしません。
経済・時間: 余裕がなければ、心から食事を楽しむことはできません。
人間関係のメンテナンス:「仲間」であり続けるための信頼を築く。
「ただ食べる」のではなく、「最高のコンディションで、最高に気が合う奴らと、何の憂いもなく笑って食べる」という瞬間を作るために、あえて日々のタスクや目標をストイックにこなす……。
これこそが「大人の贅沢な遊び方」と言えるかもしれません。
現代人は「何のために頑張っているんだろう?」という虚無感に襲われがちです。
その時、「でも、終わった後に仲間と美味いもん食う約束があるしな」という具体的で確実なゴールがあるだけで、人はまたハンドルを握り直せます。
巨大な社会貢献や自己実現も素晴らしいですが、最後に自分を救うのは、意外とそういう「小さな、でも確かな手応え」だったりしますよね。
「仲間と美味しいご飯を食べる」を人生の北極星(固定された目標)に置くことは、「情報過多な現代において、自分を見失わないための最も賢い生存戦略」だと思います。
拡張を追い求める「横の成長」ではなく、今あるもの、根源にあるものを深掘りする「縦の深化」にシフトする。
その考え方は、今の時代において非常に健康的で、かつ本質的だと感じます。
